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ポメラニアンアウトプッツ

ポメラを使っていろいろ書くブログ。だいたい愚痴

電車で落とし物を拾ったら恥ずかしい思いをした話。

落とし物をよくする。これは完全に自分の過失であり、誰を責めることもできない。落とし物に気づいた時の自己嫌悪たるや、「本当にもうこの世に生きる価値が自分にはないのでは」と思うほどだ。

しかし、今のところほとんどの落とし物が自分の手元に戻ってきている。心優しい方が拾ってくれて、しかるべき場所に届けてくれるからだ。日本はネコババが少ないみたいな動画を見たことがあるが、ほんとにそう。そのたびに、人の優しさに触れ、多大な感謝の念を抱くのである。

そして同時に……


「自分も落とし物を見つけたら、絶対に届けるようにしよう」


と考える。

自分のことを棚にあげると、これはなんてポジティブな連鎖だろう。誰かが誰かの落とし物を拾って届ける。落とし物が持ち主の元へ帰る。持ち主は感謝をし、自分も正しくあろうと考える。これこそまさに、モラルの起源ではないだろうか。

しかし、数ヶ月前にこの“善のループ”を阻害するような出来事が自分に起こった。酒の席で友人に上手に伝えられるよう、ブログに書いておこうと思う。

電車で見つけた落とし物

自分の住まいは武蔵小杉付近。普段は東横線を利用し、出社・帰宅をしている。その日は少し早めに帰宅ができた。だいたい19時くらいだったと思う。この時間帯はそこそこ混むのだが、この日は幸運なことに座れた。

事件の発端は自由が丘駅で起こる。自分の左斜め向かいに座っている推定20代の男性が席を立ち、下車した時だ。彼の座席に、B5サイズくらいの紙袋が置きざりにされた。厚みはそこまでない、平べったい形状だ。自分がそのことに気づいたのは、すでに電車が駅から出発したタイミングだったので、残念ながら声をかけることは叶わなかった。
この時の僕の気持ちとしては「きっと向かいの座席に座っている誰かが、忘れ物として届けてくれるだろう」ということ。これまでの自分の体験から、そうなるだろうと疑わなかったのだ。

しかし、何度停車しても、一向にその紙袋へ手を伸ばす人が現れない。もっとも近くに腰を下ろしているサラリーマンも完全に無視を決め込み(いや、本当に気づかなかったのかもしれないけど)、拾う気配が感じられない。


「仕方のないことかもしれないけど、なんだか悲しいな……」


そんなふうに思っていた。

結局、紙袋は僕の住む武蔵小杉駅まで誰にも拾われることなく、ぽつんと置き去りにされていた。こうなるともう、自分が拾うしかないだろうと考える。端から見ると、まるで僕がネコババをするみたいだ。しかし、そんなことは関係がない。もしこの落とし物が「自由が丘に住む彼」にとって大切なものだったとした、それを拾得物として届けるのは善行だ。自分が少しだけ恥ずかしい思いをしたとしても、この行動には大義名分がある。何より僕は決めていた。

 

落とし物を見つけたら届けなくてはいけない。それが、これまでに自分が受けた恩を返すことなのだから

 

スマートかつ何気ない動作で紙袋を拾い上げた僕は、当然のような顔をして下車する。胸の奥には確かな志を持ち、誰になんと思われようと気にはしない。絶対的に正しいことをしているのだ自分は。手に取った紙袋は、とても軽かった。

拾得物届け出

電車から降りた僕は、一目散に改札へと向かう。早くこの落とし物を届けなくてはならないからだ。もしかすると、「自由が丘の彼」は下車してからすぐに東急電鉄の落とし物センターへ問い合わせをしているかもしれない。そしてその際、まだ届け出がないと伝えられ、途方に暮れているかもしれない。自分にも経験がある。30分おきに落とし物センターへ問い合わせをして、届け出がないかを何度も確認する作業。「ありました」と言われるまでは、ずっと胸がざわつくのだ。そして、「次に問い合わせしてなかったら諦めよう」と考えながら、スマホを握りしめる。いても立ってもいられない心境――それを思うと、自然と歩調が早まった。

改札口には若い女性の職員が他の乗客の対応をしていた。僕はその対応が終わるのを待ち、自分の番が来ると彼女にこう伝えた。

 

「すいません、電車内に忘れ物がありました」

 

紙袋を彼女に差し出す。

 

「ご協力、ありがとうございます。どこに落ちていましたか?」

 

「座席の上に置かれていました。たぶん持ち主は、自由が丘駅で降りていったと思います」

 

「わかりました、ありがとうございます」

 

職員の女性は笑顔で紙袋を受け取った。
そしておもむろに、中身を確認する。

 

 

 

 

 

AVだった。

 

 

 

 

きっと、彼の元には帰らないAV

「すいません! 電車内にAVを落としたんです! 大切なものなんです! 届け出はありませんか!」

そんな問い合わせをする男はいない。きっと、このAVは、しばらく東急電鉄の落とし物センターに保管された後、処分される。彼の元には、帰らない。

冒頭に書いた“善のループ”であるが、こんな体験をすると、なんだかもうどうでもよくなってくる。いや、やったこと自体は正しいことだったんだけど、すっごく恥ずかしかった。もしかすると、あの女の子の職員さんに


「こいつは若い女性に“落とし物”という体でいやらしいモノを見せつけてその反応を楽しむ変態だ」


と思われたかもしれない。いや、そんなことないとは思うけど、可能性は否定はできない。恥ずかしい!!!!!

もうこうなると、ちょっとだけあの「自由が丘野郎」に恨みの感情まで出てくる。

今時、AVをディスクで買うってことはネットとかPCとかに疎いやつなんだろう。厳選に厳選を重ねて買ったはずだ。だって、DVDで買うときってインフォメーションはパッケージ裏くらいしかないもんな! すごい時間と手間をかけたはずだよ!

そのほかの可能性として、忘年会とかでネタとして当選してもらったのかもしれないけどさ! それでも「おいおいやめてくれよ〜」とか言いながら、家でしっかり“使おう”と思っていたんだろ? だったらもっと大切にしなよ! 大切なものだよ、男にとっては!

 

というわけで、男性諸君には今回のような悲劇を繰り返さないためにも、以下を徹底していただきたい。

  • AVを含むアダルト関連商品を持って移動する時は気を引き締める
  • いかがわしい物を購入する場合は通販、もしくは近所に限定する
  • 大切なものは絶対に守り抜くメンタルを持つ

 

帰宅後、このことを妻に伝えたら「いい落語だね」と褒めてもらえた。

ライブ中に中村一義をディスり出したブスの話

先日、中村一義のライブ『エドガワQ2017~ERA最構築~』に言ったときの話。この日はERAという彼のアルバムを再現(名目上は再構築)するという趣向があり、収録曲順に演奏が進むというものだった。

ERA

高校卒業したての頃、後追いではあったが相当このアルバムを聞き込んでいた僕は、長いことこのライブを楽しみにしており、実際に当日もかなり感動しながらステージを見ていた。

ただ、そもそも中村一義の楽曲の中にはライブでの再現を考慮していないものも多く、正直演奏や歌唱に無理がある点も目立った。ただ、そのあたりはファンなので、脳内保管しながら耳を傾けることでカバー可能。きっと自分以外の客も、そういう温かな気持ちで見守っていたに違いないと思う。ちなみに、この日は中村一義の誕生日。昔ながらのファンが集まり、みんなで彼を祝福しようといった趣もあったわけだ。

ライブは2部構成となっていた。前半はERAの再現ライブ。後半は新旧織り交ぜたセットリストが披露された。事件が起こったのは、この第一部のあとに設けられた休憩中だ。

バカ女の声が聞こえる

「見た目が生理的に無理なんだよね〜」

第一部終了後、僕のいた座席の真後ろから、酒やけしたような女の声が聞こえた。

「なんか、曲は超かっこいいのに、見た目がダサいんだよね」

どうやら中村一義のことを言っているらしい。もう少し耳を傾けると、どうやら彼のファッションがお気に召さないよう。

「見た目と曲のギャップがすごくて、目を閉じたまま聴いてたい感じ」

大人げない話ではあるが、正直ここで僕はなかなか腹が立っていた。別にライブを見て何を思おうが人の勝手である。彼女がどんな感想を持とうが、それに対してどうこう言える立場ではない。彼女だって、同じチケット料金を払って会場に来ている。権利は平等なのだ。しかし、わざわざ中村一義ディスるような発言をするべきではない。

この会場にいるほとんどは、昔からの中村一義ファンだ。そもそも、10年以上前に発売されたアルバムの再現ライブに来ているんだもの。古参ファンが多いに決まっている。その会場で、ファンの前で、ネガティブな発言をするべきではない。

正直「おい、うるさいよ」とひとこと言ってやりたかった。ただ、その後第二部がはじまる前に、後ろの客と関係を悪化させるのは得策でないと考えた。この後のステージも自分は楽しみたい。だってファンにとってはプレミアムなライブだし、貴重な休日を使ってお金も払って来ているのである。こんなクソ女のせいで気分を台無しにしたくない。

そんなことを考えていた矢先、どうやら連れの男がこんなことを言い始める。

「でも曲はいいでしょ? オレ、高校生の時にかなり聴いてたんだよね。懐かしいわ」

おお、なんて哀れな男だ。お前は完全に女選びを失敗しているよ。だってそうだろ? お前はきっと高校生の頃に中村一義にハマっていて、ということは結構友達がいないタイプだったに違いない。だって、中村一義を好きなやつって結構クラスで隅っこに追いやられるタイプが多いもの(完全なる決めつけ)。そんな暗い高校時代を支えてくれたのが、中村一義でありERAだったはずだ。そうした想いを持ったまま大人になって、今回のライブのことを知って、はやる気持ちを抑えながらチケットを取ったんだろ? だってこの席は先行抽選販売でしかとれない前から13列目だ。場所だってすごいいい。今思い出したけど、開演待ちの時に「いい席じゃん」って聞こえてきたのは、お前の声だったんだよな?

そんなお前の気持ちを、そのとなりの酒やけ女は踏みにじった。いともたやすく。あまりに浅はかな感想でだ。特に気になるのは「曲は超かっこいい」という発言についてだ。いいか、どんなに贔屓目に見ても、ライブでの中村一義は正直そこまで良くない。しかしそれは、楽曲の問題が大きい。そもそも再現性を考えて作られていないからだ。だから、おそらく初見のお前が理解できるようなものじゃないんだ。なのに「曲は超かっこいい」というのは、気を遣った上でのおせじか、もしくはお前がよっぽどいい音楽を知らないかのどちらかだ。

そんなことを考えていると、男が今度は信じられない言葉を発した。

「でもアレだよね。今聴いてみると、ダサカッコイイ感じかも。もしも今の時代にこのアルバム出てても、オレ聴かないかもな」

 

 

ダサッ!!!!!!!!!
くっそダセーなお前!!!

 

 

ちょっと女にディスられたくらいで、自分の大切なもん覆してるんじゃねえよ。バカか。そうじゃないだろ? 本当は傷ついたんだろ? そのことを素直に認めろよ。そのアバズレに合わせるなよ。今聴いてもかっこいいだろ。今リリースされたとしても買うだろ。言っておくが、ERAは誰もが認める名盤だ。古いとか新しいとかない普遍性を持った作品だ。誰が何と言おうと、それは揺るがない。そのことをわからないお前じゃないだろ?

このとき、僕はなんだか腹立たしさと虚しさと悲しさで胸が苦しかった。音楽は、いろいろな意味で無敵だと思っていたけど、女に気に入られたい程度でその評価が覆される程度のもののようだ。いや、自分にとってはまったくそうではないけど、少なくとも後ろに座っているこの男にとってはその程度のものらしい。

あまりにつらくなった僕は、もうムシャクシャしたのでこのクソカップルの顔だけでも拝んでやろうと思い振り返った。遙か後方の席を確認するような素振りで。

女はメッシュみたいなのが入ったショートカットで、目元のアイシャドウが青く、全体的にダークな色使いの服装をした20代だった。

ちなみに、ブスだ。

こういう格好をしていいのは、スタイルが良い美人でないと決まらない。だが、ブスだ。水沢アリー崩れの顔面だ。中村一義をディスられて怒っていたのも1割程度あるが、それを抜きにしたとしてもブスだ。このブスのために、隣の男は自分のアイデンティティを自ら犯したのだ。

ライブ会場での作法

クソ女がブスであったことは、なんだか心を落ち着かせる鎮静剤になったようだ。ブスが何な言ってら、と思えば、たいていのことは腹が立たないのである。一方、そこそこの美人であれば余計に腹が立つものである。何不自由なく暮らしておいて、貴様に何がわかる! このメンタルブスが! という気概である。しかし顔面ブスの心が汚れてしまうのは仕方がない。いろいろ辛いことがこれまでにあったに違いないと、勝手に思うようにしている。だからもう、今回のことは水に流そうと思った。

しかし、やっぱり口は災いの元だ。前述もしているが、わざわざ中村一義ファンの巣窟であるライブイベントで、悪口を近くの人が聞こえるボリュームで言い放ってはいけない。誰もが安くないチケット代を払ってきている。そしてその料金とは、楽しいひとときを楽しむための対価だ。その権利を奪うことは、何人たりとも許されない。たとえブスが、自分で金を払ってライブに来ていたとしてもだ。

ちなみに、一連の中村一義ディスリが終わった後、女はこんなことを言い出した。

「最近あたしテクノばっかり聴いているんだよね」

だろうな。中村一義知らないくらいだもの。他のジャンル聴いているだろうさ。

tofubeatsとか」

 

オマエゼッタイテクノキイテナイダロ!!!!!!!

 

音楽のジャンルもまともに分からん女に自分の好きなアーティストをバカにされ、せっかく楽しかったはずの一日にシコリが残ったという話でした。